人の目を気にしない練習

 

人の目を気にしても、自分にメリットなんてほとんどないと思う。

 

常に自分の視界に入る相手に、自分がどう思われているかを考えて疲れてしまう

無意味であるとわかっていても止められないという点では
過去に対する後悔に似ていると思う。

 

「分かっちゃいるけど止められない」

 

でも、どこにいても何をしていても無意識に考えてしまう過去に対する後悔と違っているのは

 

 

人の目を気にする という行為は他人が存在しなければ有り得ない

 

 

1人で自分の部屋に居る時に、知らない他人の目を気にする人は病的に病んでいる人だけだと思う

 

だから人の目を気にして疲れてしまう人は人が居ない所に行けば疲れなくて済む

それで引きこもりがちになる人が多いんじゃないかと思う

元々他人とコミュニケーション取るのが大好きな人は引きこもってもすぐ暇になると思うし

 

もちろん本人の中で大きな失敗をしたと思ってショックで引きこもりになることもあるでしょうけど

 

 

前置きが長くなってしまったんですが、僕が今回伝えたいと思ったのは

 

人が居ない自然がある所に行くと精神が癒されるのでオススメです。 ということ

 

この前親戚が住んでいる田舎に遊びに行ったのですが
過疎地域なので人口が少なく、電車などもろくに無いので車移動

 

そうすると自然と他人と会うことが少なくなります

 

親戚の家に行くために乗った満員の新幹線より
2泊3日ですれ違った住人の方が少ないと思う

 

 

僕は人の目を気にしないことがこんなに心地良い事だと初めて気付けた気がする

 

東京や大阪などの都市部で仕事をしている人は
朝起きて出勤してから帰宅して寝るまでに一体何百人の目を気にしなければいけないんだろう?

 

人の目を気にしてしまう人は
人の数自体がストレスになってしまうと考えると

 

人の数 × 人の雰囲気 = ストレス みたいな公式が出来て

人の数が0に近いほどストレスも無くなっていくと思う

 

 

数が少なくても何となく嫌な雰囲気の人がいたら
それだけでしばらく嫌な気持ちになってしまうし

 

やっぱり視界に入る人は少ない方がいいと思う

 

というか東京などの大都市にに無駄に集中し過ぎていて

災害が起きた時の被害が大きくなるし地方が滅びるから、もう少し程々にして欲しい

 

でも仕事ないし、あっても給料安いから
結局この状況は変わらないんだろうけど

 

僕は自分の精神が限界を超えないように
出来るだけ意識して、年に数回でもいいから
人の目を完全に忘れて自然とだけ触れ合う日を何日かは作っていきたい

 

将来的には都市と山の間で暮らして
人の目よりも木や猿、イノシシ、鹿の目を気にして生きて生きたい。

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