眠れない夜の日記 下

 

僕の数少ない親友の1人に
生きる意味を1つ教えてくれた
きょうだい児のS君がいる。

 

S君は去年結婚して
可愛い健常者の子供がいる
(ここで健常者かどうかをいちいち気にする自分が嫌)

 

S君の事を簡単に紹介すると
きょうだい児(きょうだいは身体障害者)
中学時代に突然絡まれて気付いたら親友と呼べる唯一の存在になっていた。
中学時代に母親を亡くした、僕よりよっぽど苦労人だと思う。

 

そのS君も、昔は悩みが多くて
高校生の頃は2人で毎日のように遊んで
大学生になると毎日のように深夜ドライブにいって
帰りは明け方で、大学は当然サボる、単位は落とす。
典型的なクズの生活をしていた。
今思い出してもクズだけど、何故かとても楽しかった。

 

僕も彼も、大学に行く意味を見失って
結局、2人とも中退した。

 

中退してから彼はすぐに元々興味があった車関係に就職した。

結局今でも車関係で働いているから
辞めてよかったんだと思う。

 

そこで今の奥さんと出会い
付き合って、結婚した。

 

すぐに子供が出来たと知らせが来て
僕は心から凄いなと思っていた。

 

それは、結婚したこともすごいと思っていたし
子供を作るという選択をした事もすごいと思っていた。
自分には出来ないと思っていたことだったからだ

 

奥さんが妊娠中に、1度実家に帰っていた時
S君の家で久しぶりに一緒に酒を飲んだ。
(結婚してからは家庭優先するように僕が頼んだのもあって、会う機会は年に数回に減ってた。)

 

その時の会話がこんな感じ
僕「子供の障害とか怖くね?」
S君「怖いけど、産まれてみないとわかんないっしょ」
僕「そりゃそうだけど」
S君「まぁ、障害者でもなんとかなるっしょ!」

 

酔っ払って明るく言ったせいもあるけど
僕は心から嬉しかった。
僕は彼のこういう所を尊敬していて大好きなんだと再確認した。

(あくまで親友としてね)

 

彼と出会った当初
自分がきょうだい児であることを隠そうともせず
あっけらかんと僕に言ってきたときの衝撃のように

 

事実を受け止めて
当たり前に家族として堂々と愛している彼が
僕には尊敬してもしきれないほど眩しく見えた。

 

子供が産まれる前に
家族全員健常者の人が障害者でも育てるというのと
きょうだい児が障害者でも育てるというのは

 

背景にある覚悟が全く違う
その覚悟を損得勘定ではなく、純粋な愛情で決められるのが本当にかっこいいと思う。

 

話がめっちゃ長くなったけど

また最近彼の家に遊びにいって
生まれた子供と奥さんが寝てる時に話してくれたことが
人間が生きる意味の本質のような気がして、とても良かった

 

彼も昔は眠る前にずっと悩んでいたけど
家族が出来て、子供が出来てからはそれがなくなった。

それは単純に忙しくなったのもあるけれど

やはり子供という存在が一番大きかったらしい

産まれたばかりの子供は本当に小さく無力で

この子は自分がいなければ死んでしまう
自分が守らなければ、という意識が芽生えて

悩むことがなくなったといっていた。

 

自分が生まれた意味、生きる意味、死ぬ意味
その全ての答えが、生まれてきたこの子だった。
そう思えたと言っていた。

 

それが安心感になって
悩みから解放された。

 

だから余計家族に優しくなれる
幸せのスパイラルのような
聞いている僕まで幸せに巻き込むパワー、説得力がある話だった。

 

僕は人生をずっと難しく考えすぎているけど
いろんな考えがあって、悩みがあっても
本質的な答えはどんな時代でもブレなくて

 

結局、人は愛する人がいてその人との間に愛する子供が出来れば
それだけで充分すぎるほど生きる意味になるんじゃないかな

 

だから無理に女性と付き合わないとか
俺は結婚なんてしないって決めつけて、無駄に毎日気を張っている自分が
なんかすごくめんどくさい生き方してると思えた。

 

結婚したいと思えるほどの素晴らしい女性がいたなら
別にもう無理しなくてもいいんじゃないかな?

もう充分気を張りすぎてきたから
少し自分の欲望に正直になることも考えてみようかなと思いました。

まぁほどほどにだけどね

 

こういう価値観を教えてくれる友人は一生大事にしようと思う。

 

11 COMMENTS

タンポポ

自分の気持ちに正直になるって大事だなと、私も感じました。
私は、子どもを持つのが怖くてたまりませんでした。そういう自分がイヤで、自分を責め、境遇や親のせいにしていました。
遺伝は、あまり気にしていなかったです。
「障害があろうとなかろうと、どんな子どもでも育てる覚悟がないのに親になってはいけない」
「子育ては学習しないと、次の世代に連鎖する」と頑なに思っていました。
結婚して20年がたち、ようやく自分は自分にとっての最善の選択をしたのだと思えるようになってきました。
子どもを「持てなかった」のではなく、「持たなかった」のだと。
小さい頃、自分よりも家族のために頑張ってきた私が、一番ほしかったのは「自分だけの自由な時間」でした。
今、私には自由な時間がたくさんあります。正直言うと、子育てはもうコリゴリだったんですね。妹というより娘のように世話をしてきた感覚で。とても疲れていたんです。
私がしたかったのは子育てではなく、自分が甘えることでした。誰かに甘えたくて甘えたくて仕方なかった。
まるで幼子のようにダダをこねたり、試し行動をする私を、夫は怒りもせずよく受けとめてくれたと思います。
「愛情」という栄養を今も与え続けてくれる夫には感謝しかありません。
長くなりました。
お互い悔いのない人生を送れるといいですね(^^)

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わかたん

タンポポさん、またコメントしてくださって
どうもありがとうございます。
そうですね、僕も自分以外のせいにすることに必死になっていた気がしています。
ただ、急に考え方を変えるのも難しいので
少しづつ許せるほうに変わっていければいいなと思っています。
試し行動という言葉はちゃんと知らなかったので調べたのですが
僕も人と仲良くなっていく段階でこういう風に相手の反応を確かめている部分があると思いました。
ある程度の愛情は受けて育ってきたはずなのにと思っていましたが
おっしゃる通り、愛情は死ぬまで必要なものなのかもしれない と思えました。
そうでなければ、こんなにも心に寂しさや虚しさが存在しているはずがないと
お互いに無償の愛情をくれる相手が居ることはとても幸せなことだと思います。
僕ものんびりそんな相手を待ってみようと思えました。
暖かいコメントをしてくださって、ありがとうございます。

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こんにちは
わかたんさんは素晴らしいお友達をお持ちなんですね!羨ましいです。
私は、今まで誰にも兄の話をしたことがありません。
というか、友達にはひとりっ子だと言っていました。
兄について深く突っ込まれたくなかったからです。
嘘をついて兄の存在を隠す自分は最低だと思いますが、どうしても言えませんでした。
私も子どもを産むことについて考えたことがありますが、もし兄のような子どもが産まれたら…どうしてもその不安がつきまといます。
もしそんな子どもが産まれたら、私は絶対育てられないし、生きるのは大変だからそもそも産まれない方がいいのではという、反出生主義的なことを考えてしまいます。
ネガティブすぎですね、私(._.)
でも、こんなふうに結婚とか、子どもをもつとか自分には無理だと頭の中であきらめていても、心のなかには、自分も他の人と同じように恋愛をして、家庭を持って、幸せになりたい、そんな気持ちもあります。多分これが本音です。
私はまだ大学生で、社会にも出ていないし人生経験も乏しい未熟な人間ですが、これから年をとっていくにつれて少しずつ寛容になれたらいいなと思います。
今はまだ自分を許せなかったり、受け入れられなかったりするけれど、
いつかは自分の人生を、自分の家族を、自分自身を愛したい。自分の全てを肯定したい。そう思います。

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わかたん

秋さん、また記事を読んでくれて
そしてコメントしてくれてありがとうございます。
僕も20代後半ですが、自分からきょうだいの障害についてきちんと話したのは
親友二人と、人生で唯一付き合った女性の今までで3人だけです。
だから秋さんもあまり否定的に考えず
いつか自分から話してもいいかなと思える人が現れるのを待っていればいいかなと思います。
僕も中~大学生の時は健常者の姉との二人兄弟だと友達に言った事が何度かあります。
ですが、そのたびに何か心がすり減っていくような感覚があったので
最近では隠すことはなくなりました。
年齢的にも働いていて普通なので、妹は働いていると言っています。(障碍者の作業所で働いているので嘘を付いている訳ではありません。)
お兄さんの存在を認めてあげられない自分自身の心の醜さが嫌になってしまう気持ち、本当によくわかります。
でも、世間に対して堂々と言う勇気もなかなか出ませんよね。
だから結局自分を責めてしまうと思います。
そういう時、僕は妹が理解しているかは分かりませんが
ごめんねと、謝ることにしていました。
そうすると、優しいので意味を理解していなくても
いいよ、と笑って言ってくれるので罪の意識を減らすことが出来ていました。
秋さんも何か罪の意識を減らせるいい方法が見つかればいいなと思います。
秋さんが言われているように
家庭を持って幸せになりたい、というのが秋さんの本心だと思います。
なのでその本心はとても大切にするべきだと思います。
これは少し心理学的な話になってしまいますが
過去の事は全て、いい面があれば悪い面もあります。
それをどう捉えられるか、というのは
今が充実していて幸せであれば、過去の事は大半が今のために必要な事であった。と思えるようです。
試練とか大変な時期だったといえるのは今が幸せだからだと思います。
例えば秋さんが数年後に結婚して幸せな家庭を持っていれば
今葛藤している気持ちも必要な事だった、と言えるようになると思います。
なので、数年後あるいは数十年後に
2018年に自分が悩んでいるのは、少し先の未来のため必要だった、と言えるような満ちたりた人生を送るために。
あまりネガティブになりすぎず、自分を少しずつ肯定してあげられるように
心の持ち方、考え方を自分に優しく出来るように慣らしていくのがいいのではないかと思います。
コメントありがとうございました。

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タンポポ

「試し行動」について、わざわざ調べてくださったのですね。
説明不足で失礼いたしました。
正直言いますと、愛情を与えてくれるパートナーに巡りあえたにも関わらず
私は、幸せを感じることができませんでした。
「私はなんのために生きているのか」と虚しさが常にあり、
死にたくなることもよくありました。(今もまだあります、、(>_<)) 数年前からカウンセリングを受けはじめ、 なぜそんな風に感じてしまうのか、ようやくその謎が解けつつあります。 わかたんさんのおっしゃるとおり、 これからは、もっと自分に優しくしたいなと思います。 どんな自分も、どんなネガティブな感情も悪くないのだと。 自分をもっと好きになってあげたいです。 もしかしたらご存じかもしれませんが、 つい最近、きょうだいの体験や本音を自由に語れる「シブコト」というサイトができたようです。 気持ちを出せる場が増えていくのは、とてもうれしいです。 こちらこそいつも、優しく温かいお返事をありがとうございます。 わかたんさんの文章に出会い、さらに自分への気づきが深まっています。 また気まぐれにコメントさせていただきますね。

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わかたん

いえ、新しい知識が増えたので
むしろ教えてくれてありがとうございました。
僕もそれは同じだったと思います。
人生で唯一付き合った女性がいて、とても僕を愛してくれて愛情をくれていたのに
自分にそんな価値はない、死にたいなんてずっと思っていて
素直にその愛情を受け取ることが出来ず、結局別れてしまいました。
相手に対してそんなひどい事をしていたくせに
今でも彼女が忘れられなくて引きずっているのが本当に自分はどうしようもなく愚かでバカだなと思っています。
そうですね、大事なのはどんな感情も自分自身だから
いちいち責めなくていいと思います。
はい、教えてくださってありがとうございます。
僕も何日か前にチェックしていて、ついさっき会員登録しました。
名前もIDもこのブログに表示されているものと同じで登録したので
タンポポさんが利用される機会がありましたら
僕がいるかもしれません。(笑)
僕もタンポポさんのコメントに気付かされることが沢山あります。
お互いにいい影響を与えられているのがとても光栄です。
これからもどうかよろしくお願いいたします。

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タンポポ

そうでしたか、、
そんな素敵な方との出会いがおありだったんですね、、、(涙)
忘れられなくて当然ではないでしょうか。
「シブコト」会員登録されたんですね!
私も違う名前ですが、数日前に登録しました。
それではまた~

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S(通りすがりの者)

前に、通りすがりの者という名前で2度ほどコメントした者です。
お友達かぶっちゃいましたが、イニシャルがSなので、今度からSと名乗ります。
お友達のS君は強いですね。本人はそのつもりはないのかもしれませんが、強いなあと思います。
私は自分と自分の環境のせいにして、恋人も結婚も子どもも諦めたり願望がないと言っています。
(最近、誰かの特別な存在になりたいなあ。よしかかりたいなあと思うので、願望が出てきたかもしれません)
我が家は、兄(自閉症)、私(女)、弟という兄弟構成で、弟は結婚も子どもが欲しいという願望もあります。
「兄がいるから、壁は高いかもしれないよ。理解してくれる人もいるし、叶ってほしいなあと思うけど、でもやっぱ障害がある子どもが生まれるかもしれないし。そういうところに嫁にやるっていろいろ考えると思う」
とこの間会った時に弟に伝えると
「でも、どんな人でも(障害を持った子どもが生まれる)可能性あるじゃん」
と言っていました。そう、そうなんだけど……といつまでもいい訳にする私(笑)
いつも何を考えているか分からないけれど、弟は弟なりに考えて、でも自分の進みたい道を見つめて進んでるんだなあと思いました。
いつも通り何が言いたいのか分かりませんが^^;
同じような環境、同じく障害がいる兄弟でも色んな考え方があるんだなあと思います。
弟だけだと、本当に分かっているのかなあこいつはと思いますが(笑)
今回、お友達のS君の話を読んで、強い人も本当にいるんだなと思いました。
長々とすみません^^;

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わかたん

S(通りすがりの者)さん
またコメントしてくださってありがとうございます。
そうですね、本人に強いという自覚がないのが
むしろ本当に強い人なのではないかと思わされました。
僕も遺伝子と環境のせいにして言い訳ばかりだったので
彼と比べてしまうと本当にダサいなと思います。
僕もそれは強く思います。
特別な愛する存在がいる人生ってやっぱり素敵なんだろうなと思います。
そして自分もその愛する人にとって特別な存在として
生きているだけで褒められるくらい愛されてみたいという願望が隠せなくなってきました。
そうですね
障害が一緒でも、性格や環境は全く違いますし
障害があるかどうかで本人が幸せかどうかは決まらないと思います。
弟さんも話していないだけで
心には思うことも深く考えた想いもあると思います。
あえて言葉にするのは兄弟でも照れ臭いのでは?
僕も姉に正面から意見をぶつけるのは勇気がいりますし。
もし、本当になにも考えていなかったとしても
それはそれでいいんじゃないかと考えます。
複雑な思考が絡み合ってしまうと
マイナスな事ばかり考えてしまい、身動きが取れなくなってしまいますが
結局自分が何をしたいかは自分が一番よくわかっているはずだと思います。
ただ、欲求通りにしたら傷つく可能性があるから
あれこれ言い訳を探してしまうんだと思います。
なにも考えていないように見える人は
自分を弁護するための予防線、言い訳も考えていないので
そこは僕よりはるかに勇気があると思います。
僕も彼のような大きな愛情を持った強さを身に着けていきたいです。
Sさんのコメントにはいつも深く考えさせてくれるものがあるので
僕はとても助けられています。
また是非コメントしてください、ありがとうございました。

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もぐ

こんにちはー!
友達にきょうだい児の方がいるって、いいですね(^ω^)
私には全くいないです。
というか…私が身体も壊して心も病んでから、自分がずっと避けていた兄弟の事や、母に対する気持ちを考えるようになりました。
それまでは家族の事は一切考えたくなかったし、きょうだい児というものにずっと引目を感じていました。
もしかして自分自身が一番、偏見や差別的な気持ちを持っているんじゃないか?って思ったら、自分が一番哀れな人間に思いました。
私も途中から精神障害になったんですが、人はいつどこでどうなるか分かんないです。
だから、そんなに卑屈になる事なんてないんじゃない?って感じました。
そして、家族や幸せについて深く考えるようになったかもしれません。
これからもブログを読ませて下さい(^ω^)

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わかたん

もぐさん、またコメントしてくださってありがとうございます。
そうですね、とても素晴らしい友人です。
親友なんて、人生に1人2人出会えれば充分すぎると思える存在です。
差別してくる奴らが憎いのに
自分が一番差別してるんじゃないかと思ってしまうのが
きょうだい児の特殊な心理だと思います。
当事者の立場でもないし、差別する立場でもない
でも、誰からも守ってもらえないという複雑な立場です。

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